うどんたべたい

うどんをたべながらげんごがくをするぱんだのぶろぐ

アメリカにいます

鬱々しているのでこちらのブログに.(もう少し生き生きしたものが読みたい人は本名アカウントと関連づけられている方をご覧下さい.)


英語がしゃべれません.もっというと聞き取れません.いやもともとそうだったからまあそうなるんだけれど.私は英語が出来るからアメリカにいきましょう,みたいなかんじで来ているわけではないのでなおさらである.

あまり出来ないことを人のせいにしてはならないと思っていきているけれど,少しだけ文句をいうとしたらやっぱり今までの周りの環境が少しは影響していると思う.なんというの,「あの人の発音なに」みたいな帰国子女やそれに準ずるくらい英語が出来る人のこそこそばなし.いや気にしないで話せば良いと思うし私も面と向かっていわれたことはないわけだけれど,そういうこと思われているのかなあと思うと怖くて話せなくなってしまう.アメリカで授業している日本人の先生にさえそういうことをいうからなあ.そういうひとたちは.はあ.

今の環境だと大家さんには割と怖がらずに話しかけることができます.でもこわいけど.大家さんは日本にいたことあるひとだから,なんというか気持ちわかってくれるところあるかなあ,と勝手に思ったりして.

まあ話す前に聞き取りもちょっとあれなのですが.わかることはわかるけどわからなくなるとぱにくってもっとわからなくなる.

日本語が頭に浮かんだとたん英語のパージングが止まるので日本語使わない方がいいんでしょうけれどね….はあ.こんなんで大丈夫なのか,とおもうけど多分授業は授業でなんとかなってしまうのでしょう.言語学頭ですからね.いやそれでも私の専門の授業は今学期まだないので,専門外のばかり.それはそれで不安.

あとは院生の人たちと仲良くできるかが不安です.みんなアメリカの名門大学からきているようなひとたちなんだもん.todaiっていったらわかる人はわかるけど,そんくらいなもんです.個人的に意味を持ってほしくないのでいいけど,ここでは無意味.いっぱいあかるい(英訳して下さい)に選ばれていると言っても何で選ばれたんだろうってレベルの英語だしほんとしにたい.はあ.はあああああ.

というわけで今すごく憂鬱の波が来ています.カルチャーショックかな.

そういえば統語論の最初のreadingがchomskyでした.恥ずかしながらこれが最初に読むchomskyでした.うーん,統語論そんなに得意というわけではないのでこういうかんじだとすぐ落ちこぼれるのではないかと不安.